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長い一日 その5

焼香客がきれて、一息ついたときに、母に葬儀の費用について相談した。
必要なら、今から銀行に行かないといけない。
すると、母は押入れの奥にしまいこんでいた銀行の袋を取り出し
「実は、お墓のお金を支払いに行く約束してたのよ」と言った。

父は、何故かその年は急いで墓を建てたがっていた。
年明け早々から、あちこち墓地をみてまわり、どこにしようかと迷っていた。
その姿は少しウキウキしているようだった。
その年は、「うるう年」だった。
「うるう年に墓を建てるものではない」と聞いていたので、家族は反対していたのだが、父は頑固として譲らなかった。
そんな父に「あんまり遠くに墓建てると、私らは墓守できんよ」と冗談で言っていたものだった。
家に比較的近くの墓地に決めた。皮肉なことに、私の言葉がきっかけとなってしまった。
その年の10月に完成し、「11月末に代金を支払いに行くから」と約束していた。
そのお金を銀行から下ろしてきて、母に預けていたのだ。
父の準備のよさに、苦笑いしてしまった。
父が墓を建てるときに調べてくれていた「家紋」が、こんなときにも役に立った。

9時半になって、父方の本家へ通夜の時間を連絡したら「おじさん達は最初の電話を切ってすぐ、こっちに向かってる」とのことだった。「母が心細い思いをしているだろうから」と気遣ってくれたそうだ。
電話を切ったら、そのおじさんたちが到着した。
身内が増えたことで、また、少し心強くなった。
父方の親戚には、おじさんが連絡してくれた。
母方の本家へ電話すると、やっとおばさんが出た。
朝から電話していたけど、つながらなくて、仕方なく母の妹へ電話したことを詫び、通夜の時間を告げ、できれば納棺に間に合うように早めに来てもらいたいと言うと、「おじさんは今、福岡勤務中で、仕事中は連絡取れるか分からないのよ。仕事が終わる頃には連絡取れると思うから、伝えておくね」と、なぜか他人事のように言われた。仕事が終わってから連絡取るって・・・それじゃ間に合わないんだけど・・・。「おじさんに連絡取れたら、おじさんからこっちに電話くれるように」とお願いして、切った。
きっと、おばさんのことだ。他の親戚には連絡してくれてないんだろう。
それから、一軒、一軒、電話をして、通夜の時間を告げなければならなかった。
比べちゃいけないけど、父方と母方では、同じ本家でも対応が違うんだなぁと思った。

すると、父の会社の総務部の方々が、すでに喪服を着て「何かお手伝いできることはありませんか」と来てくれた。
何をどうすればいいのか自分でも整理できてなかったので、何をお願いしていいのかわからなかった。
でも、そばに誰かがいてくれるだけでも、安心できた。
総務部の方が、「受付はすべて総務部で対応させますから」と言ってくださり、お言葉に甘えることにした。本来ならこちらからお願いするべきなのに・・・。
我が家の前の敷地は整地されていて、紅白の幕がかかっていた。
次の日は、地鎮祭を行われるようだった。
総務部の方が、地鎮祭を翌週にずらしてくれるように住宅メーカーの担当者と交渉してくださった。総務部の方から言われなかったら、全然気がつかなかった。
自分では、頭の中で「アレして、コレして・・・」と考えてるつもりだったが、お手伝いに来てくださって、本当に助かった。

家に帰ってきてから、全然ゆっくりする時間がなかった。
誰かしら来ているし、お茶出して、話して、合間にあちこち電話して、決めないといけないものをリストアップして・・・。
とりあえず愛犬クリをペットホテルに連れて行かねばならなかった。
なんだか、参ってしまいそうだった。
自分が次何をしなければいけないのか、さっぱりわからなかった。
母と弟には相談できる人がそれぞれ家に来ていて、ふと気づいたら私はひとりぼっちだった。
誰かに弱音を吐きたかった。
母も弟も、おじさんもおばさんも、私に意見を求めてきていたので、何もかも私が取り仕切らなきゃいけないと思い込んでいた。私がしっかりしなきゃと思い込んでいた。
金曜のこの時間は、友達はみな勤務中だ。
どうしようかと迷ったが、専業主婦でいる親友のところへ電話した。
世間話だけして切るつもりだったのだが、声を聞いたら、また泣けてきてしまった。愚痴をきいてもらった。彼女と話していたら、少し落ち着いた。
電話を切って、また、気持ちを整えた。
親友Kちゃんからメールがきた。内容はたわいのないことだったのだけど、その返信に父が亡くなったことを書き添えた。

本当なら、自分から「父が亡くなりました」って言い広めるべきではないと、分かっていたが、誰かに伝えることで自分の気持ちが少し軽くなるような気がした。
その日は、仕事のアポイントがいくつかあった。
全部、キャンセルしてもらうように、それぞれに電話をした。
その日の忘年会の幹事にもなっていたので、別の人にお願いした。

お昼を食べたのかどうか覚えていない。
ペットホテルの帰りに、かまぼこを買ってくるよう頼まれたのは覚えているが、どうしたのか全然覚えていない。
朝ごはんさえ食べたのかどうか、定かじゃない。
おじさんや総務部の人などお手伝いの手はたくさんあったけど、女性はいなかった。
お茶や接待は、すべて母が受け持ち、私も手伝った。
弟は買い物や用事で、家を出たり入ったりしていた。
ほっとできる時間がなかったのは確かだ。
ずっとバタバタしていた。
3
時ごろ母方の本家のおじさんおばさんが到着した。
おじさんに「仕事中は連絡が取れないかもと言われて、間に合わないかと思ってたんだよ」と嫌味を言った。おじさんは「仕事よりこういうことが大事だから、何を置いてでも駆けつけるのが当たり前たい!」と言った。その言葉を聞いて、おばさんが苦虫を潰したような顔をしていた。

4時になって、「納棺の儀」が始まった。
父が棺に納められ、母が新調したばかりのスーツと靴を一緒に入れた。めがねと時計も入れた。クリの写真も旅行の時のパンフレットも入れた。
その年の229日。最初で最後(になってしまった)の家族旅行をした。ちょっと高かったけど、豪華な旅館の離れを取った。父の退院祝いだった。父はとても子供のようにはしゃいで、杖を使わず部屋の中を歩き回り、何度も「上等、上等」と言った。会社の人にまで自慢していたそうだ。そのときの旅館のパンフレットだ。
もっとあちこち連れて行ってればよかったなと、思った。
父方のおじさんが「戒名はすでにもらってあったろ?」と突然言い出した。
おじさんがいなかったら、すっかり忘れていた。
そういえば、その前の年に母は「受戒式」に出向き、父と母の戒名を頂いてきた。
そのときにもらった衣装を着せないといけなかったらしい。仏門に入ったことの証なのだそうだ。
葬儀屋さんは心得ているらしく、スーツの上から衣装をかけてくれた。
庭で花やみかんを切ってきて、それも一緒に入れた。
父は両足不自由だったので、杖を入れようかどうしようか迷ったけど、天国では不自由なく歩けるだろうから、と「この世の重石」は入れなかった。

斎場につくと、すでに受付に総務部の方がスタンバイしていた。
8人もの方が、お手伝いしてくださるとのことだった。
きっと、今日は総務部総出で、みな仕事そっちのけで、駆けつけてくださったのだろう。
席順や花輪の順番などをどうするか決めないといけなかったが、ほとんどが父の仕事関係のものだから、総務部の方にすべてお願いした。私では、だれが上位かわからない。母は魂が抜かれたようにボーっとしていた。弟が総務の人と、何点か打ち合わせをしていた。
斎場に着いてからは、また時間の進み方が、ぐっと早まった気がした。
九州内に住んでる親戚は、ほとんど集まった。
あっという間に、通夜の時間となった。

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コメント

うぅ~ん、ホントchestnutさんは大変だったのですね…
家でやったウチと違って準備も格段に大変だったコトでしょう。
私は全部かーちゃんとオヤジの兄弟におまかせだった様な。
茶すら出した覚えもありません。
しゃべった記憶すらないと言うか…
実は泣いた記憶も無かったのでした。

投稿: jun | 2006年11月24日 (金) 11時38分

これ読みながら何度も泣いちゃった・・・
(会社は今日アタシだけ)
辛かったねー悲しかったねー
でもなんか、日赤の対応に腹がたつ!
前日のうちに内科で看てもらってたら違ったかも・・・

投稿: こおり | 2006年11月24日 (金) 15時52分

親戚が来ると安心するよね。
親戚多いと煩わしい事もあるけど、いい時もある・・・

ひととおり終えて、1人ずつ帰って行く親戚に、
それまであまり泣かなかった母が、玄関で泣いてたのを思い出したよ・・・

長女はこんな時しっかりしないと!
と思ってたのも思い出したよ。

投稿: yasuyo | 2006年11月24日 (金) 22時06分

全てを読み終わるまで、とてもじゃないけれど安直にコメントを残せないと思い読むだけで立ち去っておりました。

もう少し、このままの状態になりますが、読ませていただいています・・・・・とだけ残します。

投稿: kuro | 2006年11月24日 (金) 23時27分

葬儀の準備って本当に大変だもんね……
うちは両親の兄弟(伯父・伯母)が多くて
年齢的なものもあって、お葬式が続いてます。
下っ端の私達は出る間もなく
伯父や伯母がちゃんと細かい気遣いをしてくれるのだけど、
やっぱり大変そうです……
1日に2件の葬儀に出たこともあるの。
悲しむ間がないほどに忙しいと聞くけど
葬儀が終わってからが寂しくなるんだよね……

投稿: ♪はっぱ♪ | 2006年11月25日 (土) 00時29分

junへ

junのところはもっと大変だったと思うよ。
お母さん一人でいろいろと準備されたんじゃないかな?
junが若い時だったから、お母さんもしっかりしなきゃっ!て思っていたと思うよ~!

うちの母親は、なんでも人に意見を聞きたがる人で、それまで自分の意思で何かを決めるってことをしてきてなかったから、「頼る人がいなくなった」って、ものすごく落ち込んでたもん・・・。

投稿: chestnut | 2006年11月27日 (月) 14時07分

こおりへ

ありがとうねぇ
会社の中なのに泣いてくれて・・・。
私も、今でも「あの時病院に行っていれば・・・」とか「検査をもっと念入りにしてくれていれば・・・」をか思うよ。
医学の知識がないものにとっては、病院におまかせするしか方法はないし、先生がコウと言えば、ソウなのかと納得するしかないんだよね・・・。

なんだか、無力ってことをいやというほど思い知らされたよ。

投稿: chestnut | 2006年11月27日 (月) 14時11分

yasuyoへ

親戚とか身内とか・・・
家族以外の人がいないと、気づかないこととかたくさんあるしね、本当心強いよ~!
最近は、核家族化で家で誰かを見送るってことが少なくなって、何をどうしていいのやら、全くわからないもん。
いい葬儀屋さんに当たると安心だけど、そうじゃない所もあるって聞いたし・・・・。でも、葬儀屋さんが頼りなのよねぇ。

投稿: chestnut | 2006年11月27日 (月) 14時14分

kuroさま

読んでいただいただけでも、感謝です。
今までは冷静にそのときのことを思いかえせなかったので、この度3回忌に合わせて、つらつらと書き綴ってみました。

投稿: chestnut | 2006年11月27日 (月) 14時16分

はっぱ♪へ

本当に、悲しむ間もなく、忙しい。
葬儀が終わって、親戚がポツポツ帰っていくと、また淋しい気分になって・・・。
それからが、またより一層手続関係で、忙しい。
すぐ四十九日が来て、百か日が来て、納骨して、初盆が来て、一周忌が来て・・・・。いつも忙しい気分。
本当に、悲しめるのは、3回忌を迎えた今かな。

投稿: chestnut | 2006年11月27日 (月) 14時20分

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